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ソラタネについて

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拝殿の倒壊により露わになった本殿の様子。

大きな被害を受けた阿蘇神社だが、
地域の氏子や全国からの支えで、復興に向けて歩んでいる。

崩れた楼門と拝殿を見て立ち尽くすしかなかった

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境内には被害状況を捉えた写真が掲示され、
参拝者も思わず足を止めて見入る光景が。

「14日の前震による被害は、実は見える範囲ではゼロだったんですよ」。
そう話すのは、2016年(平成28年)4月の熊本地震で大きな被害を受けた様子が全国メディアでも取り上げられた、阿蘇神社の権禰宜(ごんねぎ)・内村泰彰(ひろあき)さん。翌15日は益城町で被災した職員宅の片付けを手伝いに出向き、22時ごろ神社近くの自宅に戻って休んでいたという。本震が起きたのはその晩、16日の午前1時25分だった。
「まるで洗濯機の中に放り込まれたような感覚でした」と当時を振り返る。揺れが収まり、境内に駆け付けた内村さんは、車のヘッドライトで照らされた楼門や拝殿を見て言葉を失った。「想像を超えた光景で、立ち尽くすしかありませんでした。様子を見に来た近所の氏子さんたちも老若男女誰もが泣いていて、神社の歴史や社殿の重要性を改めて感じたものです」。
文字通り、何から手を付ければいいのか分からない状態。しかし、余震が続くなかにあっても、地域の平穏を祈る『日供祭(にっくさい)』は休まず執り行い、危険箇所の立ち入り規制など安全を確保した上で、お祓いや参拝には急遽設置したテントで対応した。倒壊した楼門や拝殿の復旧にどれだけの時間と費用を要するのか――。国指定重要文化財の復旧も含め、総額で17億3,000万円もの費用がかかると判明。文化財の公的補助金だけでは全てを賄えず、神社も相当の額を負担することになった。

祈りを明日への力に変え 神社と地域の復興を

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権禰宜を務める内村泰彰さん。「楼門や拝殿は
崩れましたが、人命に関わる事故が起きなかった
ことが不幸中の幸い。最小限の被害で済んだの
は、神様のおかげだと思います」と話す。

そこで内村さんらは、奉賛窓口を設けるとともに、被害状況の発信と復旧へ向けた協力を呼びかけるべく、地震から約1週間後の4月24日、フェイスブックページを立ち上げる。同時に、「こういう時だからこそ、祭事を通して氏子さんたちとともに祈り、明日への活力にしていかなければ」と、例年行っている三大祭をこれまで通り実施することに。7月末には、祀った神様たちが神輿に乗って稲の生育具合を見て回り、五穀豊穣を祈るといういわれの『御田植神幸式(おたうえしんこうしき)』(通称:御田祭)を開催。地震後最初となる2017年(平成29年)の正月も多くの初詣者が訪れ、新年の健康や幸せを願うとともに、傷を負った神社のこれからに思いを馳せた。
「参拝に見える方の滞在時間が長くなっているようにも感じられますし、日々目にするひとつひとつのことに敏感になり、心の持ちようが変わった気がします。多くの氏子さんたちや崇敬者の皆さんの思いを通して、神職である私たちも元気をいただき、『何としてもこの神社を元の姿に戻そう』という思いを強くしています」と内村さん。
とはいえ、復旧、復興はまだまだ始まったばかり。元の姿を取り戻すまでの道は険しいが、それでも、復旧のために前を向く。「畏怖の念も含めて、人間の力ではどうにもならない自然に神が宿ると崇め、共存してきたのが神道の考え方。皆さんとともに、祈りの気持ちを明日へのエネルギーに変えながら、神社の復旧を地域の活力にもつなげていきたいと思っています」。これからも、全国から寄せられる支えとともに、歴史を重ねていく(復旧の様子は神社ホームページで公開中)。

2018年1月1日時点の情報です

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