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地震直後の天守閣の様子。瓦が落ちているほか、石垣の崩落も見える。

地震で大きな被害を受けた熊本城。
完全復旧には長い時間を要するが、歩みは着々と進んでいる。

想像を絶する甚大な被害 復旧にかかる時間は20年

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天守閣への通路があった頬当御門でも
石垣が崩落。

「武者返しといわれる石垣に代表されるように、強くて頑丈。それが熊本城のイメージでしたから、『ここまで壊れるのか』というのが正直な気持ちで。本当に、悲しくなりました」。
熊本城総合事務所の副所長として復旧に携わっている野本達雄さんの言葉は、地震で傷ついた熊本城の姿を見て胸を痛める県民の思いそのものだ。
被害は甚大で、倒壊・崩落・一部損壊など国指定重要文化財建造物13棟すべてが被災したほか、石垣では全体の約3割、517面で緩みや膨らみが生じ、全体の1割にあたる8,200㎡、50か所が崩落した。全体の被害総額はおよそ634億円にのぼる。
熊本市では2016年(平成28年)12月に7つの熊本城復旧基本方針を策定。翌2017年(平成29年)5月には外部の専門家など12名で構成される熊本城復旧基本計画策定委員会を立ち上げ、意見を取りまとめてきた。また、今年に入ってからはパブリックコメントを募り、それらを集約した熊本城復旧基本計画が今年度中に発表される予定だ。
「お城なので攻められないように造られていて、工事車両が入れなかった」(野本さん談)といった城郭ならではの問題点は、工事用の仮設スロープを設けるなどして対応。『一本石垣』の踏ん張りで倒壊を免れた飯田丸五階櫓の修復や、鉄骨を組んでの大天守の解体と、一部の工事はすでに始まっているが、復旧に要する時間は20年。地震前の状態に戻るのは2038年だという。

姿は変わっても、県民の心の支えであり続ける

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熊本城総合事務所副所長の野本達雄さん。
「復旧にあたっては、全国的に足りないといわ
れている石工さんや、大工さんなど職人さんの
確保と育成もこれからの課題です」とのこと。

以前と違う姿になっていても、熊本城が街の風景に溶け込み、“そこに在る”ことで、県民の心の拠りどころとなっているのに変わりはない。「近くで見たい」という声に応えるため、立入規制区域はありながらも、昨年8月から周遊ルートを設けて案内板を設置。復旧の様子を見学できるようになった。
また今後は大天守の外観が復旧する再来年度をめどに、工事用仮設スロープを利用した回遊性のある仮設見学通路を設けることも計画されている。
「安全面を優先し、工事が行われない日曜、祝日限定で天守閣エリアの公開もできればと考えています。1年後には天守閣の様子もかなり変わっているでしょうし、間近で見ていただくことで復旧が進んでいると感じていただけると思います」と野本さん。
地震の被害を受けたことで調査が可能になった箇所もあるため、それらを記録し、資料として後世に残すことも大きな役割。同時に、復旧過程も含めた文化・観光資源として、あるいは教材として活用する可能性も模索中だ。
「復旧計画では5年を短期、20年を中期と捉えています。経済状況などの変化に応じて随時見直しをしていきますが、基本方針のひとつ『100年先を見据えた復元への礎づくり』も考えながら、復旧工事が進められることになります」と前を向く。
1607年(慶長12年)に加藤清正により築城されて約410年、そして1960年(昭和35年)の大小天守の外観復元から約60年。長きにわたり郷土の象徴として親しまれてきた名城は、復興の道のりを歩む街のシンボルとなり、これからも県民に勇気と力を与え続ける。

写真提供:熊本城総合事務所
2018年3月1日時点の情報です

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