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棚田のほぼ真ん中にある小さな岩山、「丸尾さん」こと丸尾山。ここから見る棚田の風景は圧巻。この場所が聖地として崇敬されてきたから風景はずっと変わらずにいられた。現在17戸が暮らす。

翌日は平戸中心部を離れ、さらに西へ。7月に、世界文化遺産に登録された『春日集落と安満岳(やすまんだけ)』と『中江ノ島』を訪れたかった。ここで平戸とキリスト教について詳しく振り返っておこう。
1549年(天文18年)、鹿児島にやってきたフランシスコ・ザビエルは鹿児島を追われると、その翌年に平戸へとやってきた。25代当主・松浦隆信は、貿易を目当てに布教を承認。家来の座敷を与えるなどして歓迎した。隆信自身はキリスト教へは入信せず、代わりに2人の重臣を入信させた。のちに一斉改宗が行われ、春日を含む平戸一帯の信者は数千人にも上った。
1599年(慶長4年)に隆信が亡くなると、すでに家督を継いでいて、キリスト教嫌いだった26代当主の松浦鎮信は、重臣や信者に棄教を迫った。平戸では先に迫害が始まっていたのである。そして1614年(慶長19年)には全国的に禁教令が出され、時代の潮目が完全に変わる。宣教師は国外に追放され、教会は次々と破壊された。
教会もなく、宣教師もいない。すがるものを取り上げられた信者たちは、かくれキリシタンとなって、平戸島西部や生月島(いきつきしま)を中心に、独自の方法で信仰を続けた。心の拠り所としたのが、先祖が処刑された聖地『中江ノ島』や、神棚や仏壇を祀りながら、納戸の奥にキリシタン祭具を飾って密かに信仰した“納戸神”というご神体だった。『中江ノ島』は“サンジュワン様”とも呼ばれ、聖水を採取する聖地となった。世界文化遺産となったのは、宣教師不在のなか、聖地だけでなく、仏教や神道、自然などを合わせて崇敬する独自の文化に価値があるとされたからである。
安満岳の麓の『春日集落』を自転車で走った。かくれキリシタンの暮らしを想像しながら、潜伏時代に信者を支えてきた棚田の風景を駆け抜けた。丸尾山はキリシタン墓地が発掘された神聖な場所。十字架もあったが1599年(慶長4年)以降に取り壊されたとされる。

2018年11月1日時点の情報です

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